好き。

次から次と無理難題が起こりまして。
でもまあ何とか頑張って暮らしております。

大袈裟ですが初めに(笑)
当方の「文楽好き」は公表する気持ちは全く有りませんでした。
しかし数年前にあーたらこたらございまして。
長年のSMAPファンならば、公表したその時の気持ちを少しは分かっていただけるのでは無いかと思っています。

NHKEテレ「にっぽんの芸能」は毎週録画されます。
オンタイムで見ることはまず有りませんが(笑)今日見ようかなと思う時に見ています。
得手不得手がございまして流してしまう回もございます。

一昨日6月1日放送分を見始めましたが途中で眠ってしまいました(笑)
昨日改めてじっくり拝見致しました。

にっぽんの芸能「文楽太夫 竹本住太夫の芸と人」
竹本住太夫さんは情感あふれる語りで文楽を支え続けた。「不器用で声も悪くて」と本人は言うが、努力に努力を重ねてそれを克服し、最高格の太夫へとのぼりつめた。語りを堪能する“素浄瑠璃”の演奏や、人形遣い初代吉田玉男・吉田簑助・吉田文雀との「心中天網島 河庄」を交え、その芸と人柄を紹介する。<素浄瑠璃>「伊賀越道中双六 沼津」、「菅原伝授手習鑑 寺子屋」ほか。【司会】石田ひかり、吉田真人アナウンサー
引用:にっぽんの芸能HP

解説は山田庄一氏
全篇白眉でしたが、その中でも取り分け二つ。
※日本語が変なことになっています(笑)

1.
平成4年1993年 大坂文楽
「心中天網島」河庄 切
浄瑠璃・三味線:
7代目 竹本 住太夫 5代目 鶴澤 燕三
人形役割:
紀の国屋小春  3代目 吉田 簑助
紙屋治兵衛 初代 吉田 玉男

粉屋孫右衛門 吉田 文雀

2.
吉田簑助さんの手紙
亡くなった住太夫さんに宛てたもの。

見るか聴くか読むかしか有りませんが。
はっとしましたのは、三和会のくだりでした。
文楽は三和会と因会に分裂した過去が有りました。
わたくしは国立劇場が出来て小劇場で年4回公演からですから、当時のことは知りません。
ですが劇場で知り合った文楽友達がおりまして、三和会因会の話はたまに出ることが有りました。
見たい聴きたい行きたい知りたいのころで、幕内のことは分かりませんが、何時間でも文楽だけの話が出来たころでした。

先だって5月東京文楽夜の部「彦山:瓢箪棚」に行ってまいりました。
国立劇場・小劇場は、一番多く通った劇場だと思います。
お席に座りますとほっと致します。
オクリの三味線を聴きますと、からだがより一層お席に沈むような感じになります。
※感じは何回打っても第1変換は寛治です(笑)
すっかり分裂した過去のことは忘れていました。

簑助さんのお手紙は「苦楽を共にしたからこそ書ける」と言われておりました。
わたくしもそう思いました。
三和会時代の寛治さん簑助さん住太夫さん源太夫さんのお写真は、皆さん若々しくて明るくて。
何度か見返しますと逆に涙が誘われます。

桐竹紋十郎さん亡きあと簑助さんは、既に人形遣いの花形でした。
そのころ住太夫さんはまだチャリ場を語っていたりしました。
簑助さんにとって住太夫さんは、同士で有り誇りだったのではないでしょうか。

今には今の文楽人形浄瑠璃があってそれで良いのですが。
いい時代の文楽に巡りあったなあと思います。
当時は、山城聴いてないんでしょ(笑)と言う方もおられました(笑)文楽あるある(笑)

最近の文楽放送:
4月6日 にっぽんの芸能「春爛漫(らんまん) 出会いの調べ」熊本文楽
4月20日 にっぽんの芸能 文楽「平家女護島 鬼界が島の段」
4月29日 古典芸能への招待 綱太夫五十回忌追善・織太夫襲名披露口上、文楽「摂州合邦辻」
5月19日 SWITCHインタビュー 達人達(たち)「竹本織太夫×中川家礼二」
6月1日 にっぽんの芸能「文楽太夫 竹本住太夫の芸と人」

「SWITCHインタビュー 達人達」は、まさにこれからの文楽を担って行く人達のお話。
中川礼二さんともに面白い内容でした。
わたくしは織太夫さんの装いに釘付け(笑)
高級そうな着心地の良さそうな皮のジャケットをお召しでした。

と言うわけで。
日刊スポーツ宅配のわたくしは朝日新聞 6月3日を入れていただきました。
娯楽・批評 日曜掲載
「地図を広げて 草なぎ剛」
笑われる自分を楽しめる

初めて主役をもらったドラマ「いいひと。」
この時の朝日の記事はラップにくるんで(笑)貼り付けていました。
どんな大海が広がっているんでしょう。
ファンゆえの心配も有りますが、長いお付き合いなので(笑)楽しみにしております。

今日は「東京ダービー」
大井 ダ外 2000
20時10分発走です。


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by venuscat | 2018-06-06 19:20 | 日記