EAST ASIA


2016年6月13日(月)「SMAP×SMAP」
草なぎ剛限界クイズ。
「タイヤが二つあるから」これで十分(笑)。
一輪車とママチャリ100メートル走。
テンが駄目で仕舞いが切れる、と言っていいものかどうか(笑)。
世界一のうんていも楽しかった。

スマラブは、中島さんの「糸」。
発表当時、中島さんは照れていたような記憶が有ります。
1992年10月7日「EAST ASIA」
久し振りに聴いています。

いい機会なので、少し(笑)。
登場するのは、友人Aさんと友人Bさん。

1996年。
Aさんと、中島さんのファンクラブに入ってみる?
と言う話が持ち上がりました。
当時、彼女は。
中島みゆきのファンなんて言えないわ。
カラオケでは、絶対歌わない。
わたくしは、何で?
どうも、中島さんの歌は、そういう歌のようでした。
1980年代。
わたくしは、中島さんのラジオ番組に、葉書を書いたことが有りました。
ご常連さん達が何人もいらしたのですが。
読まれてびっくり。
でもそれきりでしたから、Aさんからは、一発屋と重ねて笑われました(笑)。

そんな経緯がございまして。
どうする?
しばらくあーたらこたら入る入らないの話を楽しみたかったのですが。
Aさんは、さっさと入ってしまいました(笑)。
当時は、ガリキリの「なみふく」でした。
二人共、ファンクラブなるものに入ったことが有りませんでしたから。
「ちょっと待ちなさい。しばらく様子を見ますから」

様子を見ているうちに(笑)。
わたくしは、草なぎ剛のファンになり。
瞬く間に、SMAPいいじゃないになり。
さて、どうしましょ?
SMAPの話をする人がいない(笑)。
人生その時まで、ジャニーズの話をしたことも聴いたことも、無い。
事実(笑)。

わたくしは考えました。
Bさんの御主人が留守になるからと、泊まりに行ったことが有りました。
その時、彼女は「ミュージックステーション」を、とても楽しみにしていました。
あなた、そんなに歌好きだった?
彼女なら何か知っているかも知れない。
わたくしは、SMAPの8センチCDを買い揃え始めていました。
裏表紙のファンクラブ入会御誘い(笑)が、アイドル!
可笑しくて面白くて、気になっていました。
あーたらこーたらと説明するまでも無く。
彼女は、既にファンクラブ会員で(笑)中居クンのファンでした(笑)。
光GENJIのバックの時から目を付けていたのだそうで。
バリバリ(笑)。
それでも躊躇するわたくしに。
大丈夫よ。おばさんいっぱいいるから。

1997年。
キーホルダーの会員証が届きました。
大事にしていましたが、どうしても出て来ない。
最後になった「幸せの青い封筒」と、同封の振込み用紙は残しています。
会員番号が、ちょっと嬉しい(笑)。

以上、AさんとBさんが織り成した、仕合せなお話でした。

「中島みゆき研究所」
バイオグラフィ1990年代に寄りますと。
1996年暮。
渋谷シアターコクーン「夜会Vol.8問う女」
この年の文化村通りのクリスマスイルミネーションが
1997年お正月。
SMAPドラマ「僕が僕であるために」に見ることが出来ます。


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by venuscat | 2016-06-14 16:15 | 日記