最終回から思い出すこと


先週分、最終回前の「N饗アワー」見る。
とその前に。
先日は新聞のラジオ欄で知った「ラジビタ」最終回を聴いた。
え?ラジビタも終わるの?だった。
ラジビタのきっかけはお風呂ラジオ。
ネットで買ったおもちゃみたいなお風呂ラジオがNHKFMを受信しなくなって。
仕方なくNHKR1の日。
料理番組を聴いた。
これが最初のラジビタだった。
ここから幸田文「台所のおと」に繋がる。
基本NHKFMだから毎日のお付き合いではなく主に夏場。
草刈りをしながら聴くのが楽しかった。
ラジオは毎日の習慣だから喪失感を覚えるし、生活のリズムが狂ったりもする。
ラジビタも、毎日聴いていた人にはいかばかりか、涙涙だった。
長い番組が終わるのは何かと不便する。
で、N饗アワーを見て色々思い出した。
「新テンベストSHOW」1996年10月17日→1997年3月13日
「僕が僕であるために」 1997年1月3日
「SMAP×SMAP」1996年4月15日→現在
この1996年は殆どテレビを見ない年だった。
見たくない、見なくてもいいとういう時期があって、唯一毎週見る番組が「N饗アワー」だった。
そして運命の日(笑)。
10月か11月か。
新聞のテレビ欄「新テンベストSHOW」が気になって、見てみましょうか。
記憶にある番組の冒頭は、出演者が横一列に並んで、うしろのパネルに昨晩の夕食等が紹介されていたこと。
初回の放送内容は全く思い出せない。
草なぎ剛の印象記憶もない。
次回も見てみようという気になったのは、うつみ宮土理さんの髪飾りで、食材のかんざしを何本も突き刺しているのが面白かった。
以来毎週見るようになって、草なぎくんという人が気になっていく。
大人の中に子供が一人だから当然目立つ。
偶然にも母も見ていた番組で、連続して食べられないことがあって、「たけしくんってばかなの?」と聴かれて、え?
「ばかじゃないと思うけど」。
母はしばらく、たけしくんと言って、つよしくんなのと言っても直らなかった。
この日、この瞬間、わたしは草なぎくんのファンになっていたことを認識した。
以来今日に至るまで、草なぎ剛をばかと思ったことは無く、むしろ頭のいい人と思って来て、おそらくそう年が変わらないであろうファンからたとえ好意的にでも「ばか」と思われることを不快に思うときもあったが、今はどうでもいい(笑)。
「僕は僕であるために」は、スマップの草なぎくんとして楽しみにしていたから、相当急速に学んだことが伺える。
「たけしくんもスマップなの?」とも聴かれ「そう」と答えているから、既にスマップの人気は相当だったと思われる。
しかし取手くんがキムタクと分かったのは「ロングバケーション」という不思議(笑)。
「いいひと。」までは錯綜している。
きりがないからこのへんで。
また機会があったら書いてみましょう。


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by venuscat | 2012-03-22 22:00 | 日記